2007年、夏の沖縄。
ネパという人物の話を初めて聞いた。
その時オレは、沖縄県北部の今帰仁村(なきじんそん)にある
ビーチロックビレッジというところで、ボランティアをしていた。

そのときに、よく出てくる人物が、ネパだった。
「この机、ネパが作ったんだよ」
「初めてネパがビレッジに来た時ね、なぜか裸足だったんだよ」
「ネパは、アジアで2~3年料理修業してたから、めっちゃ料理うまいの」
ネパは、オレが来る1ヶ月くらい前に
ビーチロックビレッジを卒業していた。
ビーチロックビレッジでは、カフェバー隊、ゲストハウス隊、食糧隊など
チームに分かれて、主に活動しているが
ネパが所属していたのが、ビレッジの建物や机などを作る
建築隊と呼ばれるチームだ。

ネパは、自分のお店を地元に出すのが夢で
そのお店を手作りで作りたいから
建築隊に入ったってことを誰かから聞いた。
オレも将来、地元で自分の店を出すのが
夢なので、自分のかなり先を歩いているネパに、
めっちゃ逢いたかった。
逢って、話がしたかった。
1年後の2008年。
オレは、インドにいた。
インドで、学校を建てるボランティアに参加していたオレは
45度を超える気温の中、激しい下痢と毎日闘いながら
レンガを運んでいた。
そんな、ある日。
「はじめまして、ネパールです。
ネパって呼んでください」
偶然、学校を作るボランティアに、
ネパが参加していたのだ。
「あっ、はじめまして。
名前、よく聞きます。
よろしく!」
握手をしながら交わした
初めてのあいさつ。
初めて、ネパに会ったのは
日本ではなく、遠く離れたインド、
ガンジス川が流れる、バラナシという町だった。